魔法――
栄太郎新道を歩きながら、
私はあの闇夜のことを思い出していた

2026/9/26-27 会越・広谷川御神楽沢奥壁本谷ルンゼ
どんな沢に行きたいですか?
この問いに対し、帰ってきた答えは「登攀系」だった
そして、「少し鍛えてください」との言葉が添えてもあった
たしかoksさんは2回目の沢登り
初遡行は今年6月完全癒し系の滑谷沢だったな、などと想い起こしながら「行きたい山リスト」を紐解いた
会越・御神楽沢奥壁本谷ルンゼは蝉ケ平を起点として、広谷川から御神楽沢を遡り、突き当たる奥壁の本谷ルンゼを行く王道ルート
沢登と岩登りが融合した日本百名谷にも挙げられている名渓
泳ぎや滝登りはもちろん、奥壁登攀など様々な要素を体験してもらえるだろうと考え選んだ
1日目
前夜入りして上川で車中泊
5時に起床するが、シトシト雨のため1時間出発を遅らせ、2度寝する
そして雨の上がった6時に車を走らせた
広谷川沿いの林道は所々荒れていて、轍の深い溝や泥濘に嵌りながらも四駆の力を借りて何とか車止めまで入ることができた
そこから先は崩落もあり蝉ケ平登山口まで1.4キロほど歩く
湯沢出合までの登山道はここ2年ほど管理されていないようで、踏み跡に藪が被る
雨上がりのため、葉露で全身濡れながら淡々と進む

前回ここを歩いたのは2023年11月
水晶尾根に取付き、闇夜の栄太郎新道を下った時以来だった
あの時は下部からロープを多用したことで時間を浪費した
日暮れギリギリに湯沢ノ頭へ出たものの、栄太郎新道の下りはかなりの奮闘となってしまった
胸の奥に残る記憶
この小さな棘を抜くか、それとも抱えて歩むのか
「抜いてしまえ」とは到底思えなかった



湯沢出合で装備を付けて広谷川を遡る
曇り空ながら流れに冷たさを感じなかったこともあり、ゴルジュ帯は水線通しで行く

正面にム沢の大滝を見ると、広河原
広いゴーロ左岸に御神楽沢を分ける


御神楽沢に進み、瀞場を腰まで浸かって通過すると御神楽滝
ここは左岸から巻いて、10m懸垂下降で沢床復帰
4mは水流左の残置を使って越える
続く滝群を水線通し、時にシャワーを浴びながら行くと新高ルンゼの出合



ここから始まるゴルジュは概ね水線通し
肩を借りたり、空身と荷揚げを使ったり、沢登らしく遡る

存在感のあるDルンゼを右岸に見て、その先に30m大滝
水流左かと思ったが、上部が悪そうだったのでここは左岸を巻いて10m懸垂下降
上から観察する限りここは水流左の弱点を繋いだ方が早いだろう

上部ゴルジュは入口の5m滝を見物だけして左岸巻きに入る
岩と草、そして点在する灌木のトラバース
スリップすればただでは済まない高さ
この手の高巻きが初めてのパートナーには注意を促しながら慎重に進んだ

迷いなく進み、傷ひとつない顔で振り返る
そんなスマートで、眩しい世界は魅力的だ
電子の万能符を用いれば、それもあながち夢ではない
もちろんそれに憧れることもある
けれど、そこに魂は宿るのか
あの時の汗
あの奮闘
そして、安堵
過去の自分が、今の自分に魔法をかける

最後は小ギャップからロープなしで沢床へ復帰
一投足でスポンジ沢とαルンゼの出合
その少し上流の左岸河原に居住まいを定めた

他パーティーはないものの、残念ながら薪は少ない
焚火に執念を燃やすパートナーに中てられて、しばらく薪集めに専念
ささやかな焚火となったが、宴を彩るには充分なものとなった
曇天に星はもちろん十六夜も望めず、寂しい夜空
空を囲む岩壁のシルエット
そんな中で小さな炎に浸りながら日本酒をチビチビやる
少しの緊張を前に愉悦に浸るこの時間がたまらない

ここで、大変な失敗に気づく
sakのヘッドランプに水が入ってしまい、まともに点灯しなくなってしまったことだ
今夜の幕はパートナーの灯りを分けてもらって過ごせばいい
問題は明日の下山だ
水晶尾根での下山を思い出す
闇夜の栄太郎新道をヘッドランプ1つで2人は危険だ
胸の奥がチリチリと痛む
明日は正午をデッドラインとして、それまでに下山開始できない場合、下山は室谷口へ取ることとした
より明瞭な登山道、そしてヘッドランプなしでもなんとかなりそうなロードをひたすら歩く作戦
パートナーに対応策の了承を得て、眠りについた
2日目
5時起床
湯だけ沸かして各々用意した朝食をとる
明け方に降雨があったとパートナーが言っていたが、幸いそれほどの降りではなかったらしい
空は高曇り
今後のスラブ登攀を思えばちょうどいい天気かもしれない
そして、これから行く壁への期待と限られた時間に対する緊張感
幕場に一礼して、静かに歩き出す

本谷に切れ込んだルンゼを行く
右岸にツバメ返しの岩壁、時折現れるチョックストーンを右左と乗り越えていく

ルンゼを抜け上部がスラブ滝になってくる
ここは水線近くのヌメリを避け左岸側のスラブを行く
5m程の乗越はパートナーがフリーで登ってお助けを投げてもらう
彼のクライミングジムでの練習成果もあって、とても安定したクライミングだ

安定した場所でロープを出す
ここまで来るとスラブ全体が広くてどこが本谷なのか判然としない
ともかく乾いていて、尚且つ弱点と思えるルートをとった

正面に見える草の生えたクラックを上がって、上部垂壁は左から回り込む
おそらくここが核心と言えるだろう
支点は無く、結局ピッチを切るまでフリー登攀となってしまった
グレード以上に緊張を強いられるクライミングだった
こういう時いつも頭に浮かぶのは、ホールドスタンスの安定に対する願望とご先祖様への守護頼みだ
ハーケン2枚で支点構築
ハンマーをふるうたび乾いた音が響く
心奮わす、鐘音のようだった

フォローはガバホールドが剥がれたらしく、落石音が谷を転がり落ちていく
リードならどうなっていたかと冷や汗ものだが、後続パーティーが無かったのは幸いだった

結局30mロープで5ピッチの登攀
あとは特にリスクを感じない傾斜なのでロープをしまう
しかしこの頃から太陽が出てきて暑さにやられ、一歩一歩が重くなる

上部は右手に見える沢筋、岩と草のミックスを詰める
行く手に見える岩塔を左から回り込み、藪をひと漕ぎして栄太郎新道に出た
時間は11時
ここから雨乞峰まで上がり、荷物をデポして御神楽岳を往復
雨乞峰から下山を開始したのは、丁度12時
何とか計画通りのタイムキープは叶ったものの、決して余裕あるものではない

栄太郎新道の踏み跡はある程度明瞭だが藪に隠れる場所もあり気を遣う
高頭以降は急激に下り草付き露岩帯では踏み跡とルンゼ跡が入り混じり、ルートは不明瞭になる
それでも下部に見える白い岩稜が目指すべき方向なので、視界があれば迷うことは無い
栄太郎新道を歩きながら、
私はあの闇夜のことを思い出していた

奇しくもあの時のパートナーも2回目の沢山行だった
弱音を吐くこともなく歩き続けてくれた、彼
私などは不安を感じながらも、軽口を叩いて安心させようと必死だったが、それも見透かされていたのかもしれない
もし彼から、一言でも弱音が出ていたならリーダーとしてその場でビバーク、下山遅延の判断をせざるを得なかった
つまりあの時、私は彼の強さに救われたのだ

湯沢出合に着いたのは16時過ぎ
ヘッドランプが使えない条件を踏まえ、闇に捕まる前に林道へ出る必要があった
なんとかその条件はクリアできそうだった
一方、この下りで私は左膝、パートナーは母指球に痛みを感じ始めていた
お互いそういった年頃と言えばそれだけの事だが、じっとこらえて無言で歩くしかなかった
五十六を迎えた男が、痛みを抱え行くのは「男の修行」と言ったところか

「少し鍛えてください」
この言葉はパートナーの本意だったか、それはわからない
魔法はそこで終わらない
過去から今へ
そして、次へ
いつか――
まだ見ぬ場所で、それは繋がっていく
sak
動画も
























































































































