2026/6/8~9 摺上川滑谷沢左俣
「萬世ノ永キニ渡リ人々ニ愛サレル道トナレ」
二ツ小屋隧道を望む
吹き抜ける風
これから始まる道の先に何を見るのか

一日目
悩ましい天候
最近の山行は天気に翻弄されることが多い
今回も梅雨時期ということを踏まえて、北から南まで4つのプランを想定した
数日前の気圧配置から一番北に位置する摺上川滑谷沢に行先を定め、当初は右俣から栗子山を経由するつもりだった
しかし直前の予報で、現地は前日から当日朝方まで雨となりそう
ならばと、当日朝発で左俣をゆったりめぐる縮小プランとした
東栗子トンネルの手前を右折
急勾配の舗装路を上がり切る未舗装路となるが、デリカならなんとか走行できそう
途中、右から古の萬世大路を合わせる
九十九折りの悪路を経て、二ツ小屋隧道
至る所に崩落跡のある隧道を走り抜ける
しかし万一、この二日間で隧道内に崩落があり車両通行が困難となった時に「詰んで」しまうため、
隧道入り口まで戻って、そこを起点とする
再度、隧道を歩いて抜ける
往年の行路を偲ぶノスタルジー
まるで時間が巻き戻るかのような空間だ
欄干が所々崩落した烏川橋から入渓
しばらくは烏川を下る


メンバーは4人
yukさん、tkmさん、oksさん、そしてsak
oksさんは初めての沢登
そのため道中、沢登についてのレクチャーをアレコレしながら行く
今回の主眼は沢での一泊を存分に楽しむこと
そのための生活技術や知見を伝えたい
いずれにせよ、慌てる沢旅ではない
烏川の下降はなんてことのない河原が続くが、森が近くて美しい
とはいえ熊との遭遇も懸念されるので辺りを見回し、警戒しながら歩く
幾つか滝場も出てくるが、小さく巻き下ることができるため通行に困難は無い
ただし、大変ヌメるので要注意

釜のある小滝でメンバーの一人から「飛び込んじゃダメですかね?」との質問
「釜も浅そうだから、やめといた方がいいと思うよ」と答えたのだが、
その直後に不意に足を滑らしウォータースライダーのごとく釜に滑り込んでいた
メンバーが皆、笑顔
当の本人も笑顔
「まぁ、笑えるのならいいか」


魚影が走るのを見ながら淡々と下ると滑沢谷との出合
入渓からおおよそ2時間
幕場適地でひと休みしてから滑沢谷に入る


烏川が本流で滑沢谷は支流なのだろうが、流域面積が広い滑沢谷は水量が多い
昨日の雨も影響しているのだろう
とはいえ腰を濡らすこともないのだが、ヌメりにやられて転倒したならその限りではない
メンバーが皆、笑顔
当の本人(私)も笑顔
「まぁ、笑えるのならいいか」

1時間半ほど遡行すると二俣
その手前右岸に整った幕場適地
時間が許せば奥の二俣までというプランもあったが、今日の日暮れから明日朝にかけて雨雲の通過がある
13時
今日は早めに行動を切り上げて、沢泊の準備に勤しむ
薪集めと焚火の準備、宴の準備にも手間暇かかる
さすがに4人いると準備もはかどる
幕を張っている途中に雨が落ち始め、今宵の宴も危ぶまれたが焚火の勢いも何とか安定した
あとはタープの下、持ち寄ったアテで乾杯の儀
いつもながら、沢泊は楽しい
独りなら、対話と発見
仲間となら、融和と共鳴
歓びを伝撒できたなら、言うことはない
そして紅蓮華のごとき、炎のゆらぎ
人類文化の原点というべきこの癒しのリズム
焚火にはそういう魔力がある

焚火を眺めながら、宴は始まる
メニューはいつもスーパーで物色して使えそうなものを持参している
それに現地で調達できたものを加えていく
sakにとってはいつもの事ではあるし、それほど気合を入れたものではない
しかしながら皆さんには大変好評で、この沢旅で私は「料理の上手い人」的な評価をいただいた
高級料亭より旨いです、とか
圧巻の手捌き、とか
ただパックを開けて切りそろえて並べたり、少し混ぜ合わせたり、焚火で煮たり焼いたり、捌いただけなんだけどね
まぁ、おそらくはアレだ
皆さん、酔いが回っていろいろ麻痺しているのだろう
みんな、焚火のせいだ
ふとtkmさんが「こういうのを今度は自分が教えなきゃですね」と、呟いた
何か少し、この責務に対して不安そうな面持ちも垣間見えた
沢旅は楽しむもの
楽しそうな径が、進むべき道
「教えなきゃ」ではなく、「まずは自分が楽しんでね」というような助言をしたような、しなかったような
まぁ、おそらくはアレだ
私も酔いが回って、いろいろカッコいいこと言いたくなっていたのだろう
これも、焚火のせいだ

二日目
今日は栗子山の山頂付近は天気が悪いので、左俣を遡行し林道に出て終了の予定
ゆっくり起きて、姥湯温泉にでも行こうという癒しの計画
夜に雨は降り続いたが、朝には上がった
天候予想がキッカリ嵌って、したり顔
6時起床との申し合わせだったが、尿意に促されて少し早めにテントを出る
するとすでにoksさんが起きていて、昨夜の燃えさしで火起こしにトライ中だった
コツを伝えて、朝餉の食材を準備して戻ると立派に炎が揺らいでいた

皆が揃って朝のティータイム
今日の行程、時間計画など含めた、意思確認を軽く済ませる
朝食は棒ラーメン
焚火缶二つで4人前だと湯量が少なく、麺の茹で加減には不安があった
棒ラーメンは携帯性はいいんだけど、たっぷりのお湯で茹でないとあまりおいしくないんだよね
一口食して、やっぱりお茶づけにすればよかったかなと少々後悔した
昨夜の食事に関する感動の声から一転、皆無言で麵を啜っている様子から、おそらく同じ感想なのだろう
まぁ、本来あるべき妥当な評価に戻ったということだ
気を取り直して、撤収の手順や焚火の後始末などのレクチャーをして準備が整い左俣へと進む

左俣は所々滝も出てくるが、ロープを出したくなる場面はなかった
しかし、さすがに沢登りっぽいこともやっておこうかと、裏見ノ滝の右岸を小さく巻く時にお助けロープを出し「肩がらみ」を実践してもらった


あとは滑床をひたひた歩いたり、森の広がる流れをのんびり歩く
出発してから2時間ほどで、右岸にピンクテープを見る
おそらくこのあたりから林道に上がるのだろうと思ったが、もう少し遡行して傾斜が緩んだあたりから林道へと上がった

萬世大路は、このあたりでも廃道特有の藪に埋もれた様子はない
WEBで検索すれば、その探訪記録が散見できるくらい歩かれているからだろう
事後に気になり調べたものだが、この先の「栗子山隧道」は今もその姿を遺すが、崩落によって山形県側に抜けることはできないらしい

「萬世ノ永キニ渡リ人々ニ愛サレル道トナレ」
萬世大路は明治14年10月、明治天皇の東北・北海道行啓に際し、当地を御通行になられた天皇陛下から願いを込めて命名されたもの、とのことだった
今回の沢旅は「山岳会」という小さな繋がりの中の出来事だけど、沢登という文化を繋げる一員として、その生活技術や所作、癒しと歓び、成長を感じてもらえたならこの上なく嬉しい
そしてあの時の出来事、感じたこと
それを忘れないために、記録をしたためるのだ
言葉や文字、詩曲、絵や写真でもいい
あの日の想いを描き遺す
あなたの言語で
あなたの世界を
それが、あなただけの旅
そして継がれる、愛される道
想いを言葉に託して
sak
↓動画も

















































































































